ギブソン・ギターの歴史を紐解くと、存在感のあるギターがいくつも登場する。
それらの中でも最もインパクトのあるギターといえば、やはり「ハープ・ギター / スタイルU」ではないだろうか。
写真を見て分かるように、向かって右側が6弦アーチトップ・ギターで左側が10弦ハープ。
ギターとハープという本来全く異なる2つの楽器がみごとに融合し、ひとつの楽器として成り立っている。
ハープ・ギターの歴史は古く、ドイツでは1800年代後半から存在しているが、そのほとんどはフラットトップ・ギターをベースとしたもので、アーチトップ構造のハープ・ギターというのはギブソン以外に例が無い。

このモデルは、ギブソン社の創始者であるオーヴィル・ヘンリー・ギブソンによってデザインされたが、長年アーチトップ・スタイルのマンドリンやマンドーラなどの弦楽器を製作してきたオービルならではの個性的なデザインである。
スタイルUは、ギブソンの創世期である1902年からラインナップされ、スタイルU-1、U-6、R-1、R-6など、いくつかのバリエーションと共に1930年代末まで生産された。
ギブソン社の誕生から40年近く生産されていたことを考えると、ブランドの主軸モデルのひとつだったことが伺える。
当時の音楽シーンではギターよりマンドリンの方がポピュラーな存在で、人気があったマンドリン・オーケストラのサポート楽器として使用されていたようだ。
当時最も高価だったギブソン・マンドリン、F4(F4は1902年、F5は1922年に登場)が221.63ドルだったのに対して、スタイルUは265.96ドルの価格が付けられ、正しくギブソンを代表するフラッグシップ・モデルだった。
ハープ部にはギターよりも太い弦が使用され、一般的なハープのようにメロディを奏でるというより低音域をサポートする楽器だった。
当時のギブソン製品は、マンドリンもギターも厚みのある板材から削り出したアーチトップ/アーチバック仕様で、ボディに渦巻き状のスクロール装飾を施すなど、手間と時間をかけた丁寧な作りで、戦前のギブソン製品らしい風格が感じられる。
写真はブラック・フィニッシュのギター部と10弦のハープ部を持つ希少な1本。
ギターのボディ幅は21インチと最も大きなタイプでその大きさと重さに圧倒されるが、18-1/4インチや17-7/8インチなどいくつかのバリエーションがあり、ハープ弦の数も6~12本と様々だった。
ハープのチューニングは演奏者や演奏する楽曲によっても異なるが、基本的にはクロマチック音階にセットされるようだ。
この時代はまだシリアルナンバーが付いておらず、写真の製品の正確な製作年は不明だが、サウンドホール部分のラベルなどから、1900年代後期に生産された製品と思われる。
ギブソン社が誕生したばかりの創世期に製作された楽器であるが、楽器作りに対する高い技術力と豊かな創造性が感じられる。

現在このギターを愛用している有名ギタリストは見かけないが、ザ・バンドが1976年に行った解散コンサート「ラストワルツ」(同タイトルの映画は1978年公開)のタイトル曲でロビー・ロバートソンによって使用され、当時のファンやギタリストに強烈なインパクトを与えた。
現在も映画のDVDがいくつかのバージョンで発売されているので、興味のある方はご覧になることをお薦めする。