楽器店に並んでいるギターを見ていると、色々なデザインやサウンドの製品があり、それぞれにキャラクターがある。
中にはフライングVやエクスプローラなど、ユニークなデザインのギターもあって、ギブソンのオリジナリティとデザインセンスには改めて驚かされる。
しかし1920年代末、今から100年近く前にギブソンはとんでもなくユニークなギター、HGシリーズを発売していたことは、ほとんど知られていない。

写真を見て頂きたい。
何だか真っ黒なアコースティック・ギターだが、良く見ると中央のラウンドホールの他に、4つのF型ホールが見える。


つまりこのギターは、5つのサウンドホールを持っている。
今回は、摩訶不思議なヴィンテージ・ギター、HG-20を紹介しよう。

このモデルは、1929年代に発売されたハワイアン・ギター(HG)と呼ばれる製品で、外観はやや小振りのドレッドノート・タイプ(何とギブソンが発売した最初のドレッドノート!)。
当時世界的に大流行していたハワイアン・ミュージックを演奏するためのギターとして登場した。
ハワイアン・ギターとは、プレイヤーがイスに座って膝の上に本体を寝かせ、左手のスライドバーでスライド演奏をする弦楽器。
C6などにオープン・チューニングして、甘く切ないハワイアン・メロディを奏でる。

HGはラウンドネック仕様でフレットが打たれているので、一般的なスパニッシュ・スタイル(ギターを抱えて演奏するスタイル)でも演奏が可能だが、基本的にはスライド用のギターである(ハワイアン・ギターの多くは、スクエア・ネックでフレットが打たれていない)。

HGはサウンドホール以外にもうひとつ大きな特徴がある。
それは、ボディ内部にもうひとつリム(サイド)が設置されていること。
サウンドホールから内部を覗くと分かるが、ホディの内側5~6センチのところに、もうひとつのリムがトップから吊るされる形で設置され、2つのリムの間にFホールが位置している。


当時は他社からもハワイアン・ギターが発売されていたが、リムが2重になっているギターは、HG以外存在しない。

では、何故このようにユニークなデザインを採用したのだろう?
スライド演奏はどうしても音量的に小さくなりがちで、サウンドホールの数を増やすことで少しでも音量を稼ごうと考えたようだ。
さらに内側にもうひとつのリムを設けることでチャンバー構造を作り、音量とリバーブ感のあるサウンドを演出したのだろう。
確かに丸みのある温かいサウンドで、ややリバーブ感がある。

HGシリーズは1929年に誕生したが、僅か5年ほどで生産は完了した。
HG-20、HG-22、HG-24、といったバリエーション・モデルも発売されたが、生産量は極めて少なく同社のカタログに登場したのは1932年のみという何とも残念な結果となった。
日本は元より、海外のヴィンテージ・ギター専門店でもこのモデルを目にすることはない。
結果的にセールスには恵まれず、ほとんど評価されることもなく姿を消していった幻のモデルであるが、当時のギブソンが新しいギターを創造しようと意欲的に製品を開発していたことは確かであり、このHG-20のデザインからも開発者達の夢とロマン、そして苦悩が見えてくる。