「歴史的なロック・ギタリスト」と言われて思い浮かべるのは人によって様々だが、多くの人がこのギタリストの名前を挙げることは間違いないだろう。
そのギタリストの名は「ジミ・ヘンドリックス」。
1942年にワシントン・シアトルで生まれたジョニー・アレン・ヘンドリックスは、幼い頃から音楽とギターに興味を持っていた。
15歳の時に父親が買ってくれた5ドルのアコースティック・ギターを手にした時から、ギタリストの道を歩むようになる。
1966年にチャス・チャンドラーに見いだされ、ロンドンに渡英。
ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成し、衝撃的なデビューを果たす。
それまでのロック・ギタリストとは全く異なるダイナミックなサウンドとワイルドなアーミングは、当時の音楽シーンに衝撃を与えると共に、多くのミュージシャンに影響を与えた…。
当時のギタリスト達は、ジミのことをどのように見ていたのだろう。
有名ギタリストのインタビューの中から、ジミ・ヘンドリックスに対する思いを語っている部分をピックアップし、そのいくつかを紹介しよう(「Player」別冊『THE GUITAR 7』からの抜粋)。

[ BRIAN MAY ]

 あれはいつ頃だったかな…? 
最初に聴いたのは、確か「ヘイ・ジョー」(1966年)だったはずだよ。
イギリスではそれが彼の最初のシングルだったんだけど、一度聴いただけで好きになった。
当時僕はクラプトンに夢中だったけど、友人がその「ヘイ・ジョー」のシングルを聴かせてくれたんだ。
その時はもうぶっ飛んだよ、本当に驚いた。
タイトルは忘れたけど、そのB面も素晴らしい演奏だった。
それでブライアン・エプスタイン(ビートルズのマネージャー)がプロデュースしたロンドン・シアターでの彼らのライブを観に行くことにしたんだ。
実際どれくらいの実力があるのかを知りたくてね。
でもそれを観たら、もう完全にやられちゃったよ!
ジミのようなギタリストは、もう先にも後にも存在しないよ。
誰も彼に近づくことなんてできないんだ。

[ JOHN McLAUGHLIN ]

 僕が初めてジミに会ったのはニューヨークだった。
ミッチ・ミッチェル(ds)が彼を紹介してくれたんだ。
ミッチとは以前一緒にやったことがあってね。
ある時ミッチから「今夜ジミとレコーディングするからレコードプラントにおいでよ」って誘われたんだ。
僕がスタジオに着いた時にミッチはいなくて、ドラムはバディ・マイルス(ds)だった。
僕は適当にギターを弾きながらセッションをしていたら、しばらくしてジミがやって来たんだ。
そしてデイヴ・ホーランド(b)も加わった。
それからジャムが始まったんだけど、もう最高の演奏で一晩中ジャムったよ。
その時ジミは、白いレスポール・カスタムとストラトを使い分けていて、アンプはマーシャルだった。
彼はあまり複雑な演奏はしなかったけど、彼が生粋のブルース・ギタリストであることがよくわかった。

その後もジミとは2~3回会ったことがあるんだけど、リハーサル・スタジオで偶然会っただけなので、セッションはしていない。
彼は本当にビューティフルなギタリストさ。
これといって正式なレッスンを受けているわけではないので、音楽的な知識に関しては限られていたけど、そんなことを遥かに越えたイマジネーションを持っていた。
彼はとにかくストロングでソウルフルだったね。
彼は誰もできなかったことができたんだ。
だから、同世代の多くのギタリストに影響を与えることができたんだよ。

[ NUNO BETTENCOURT ]
もちろんジミ・ヘンドリックスは大好きだよ。
でも、最初に聴いた曲とかは覚えていないよ。
そんなに彼の曲を沢山聴いたわけではないし、そんなに詳しいわけでもないから。
好きな曲は「クロス・タウン・トラフィック」(1968年)かな。
あの曲はとても好きで、よく聴いたね。
ジミは、常に時代の先を行っていた。
特にあのギター・サウンドはね。
昔彼がやっていたことを僕もマネしてやろうとしたこともあったな。
ロック・ギタリストなら、誰しもが彼から影響を受けていると思うよ。
ジミはそれくらい偉大なギタリストだよ。